一番は武田泰淳『富士』なんだけど、それに次いで印象深かったのがD・W・バッファ『遺産』(文春文庫)。弁護士ジョーゼフ・アントネッリが主人公のシリーズ第4作。
出てすぐ買ったはいいが長らく積ん読状態で、しかも途中で一度読み出しかけて挫折している。たぶん最初のほうの法律事務所の面々や実業家夫妻なんかの晩餐シーンが当時は退屈に思えたせいかも。が、去年やっと本腰を入れて読んでみたらこれが面白い。
このシリーズは有能な弁護士であるアントネッリが法廷では勝利をおさめるものの、毎回のように何かしら心に深傷を負うような展開が待ちかまえていて思わず「何もそこまでせんでも」とつぶやきたくなるような理不尽さが特徴だったりするのだが。
今回もやってくれるというか。
法廷シーンの大詰めでは「ぐはっ、そう来たか」と最初のけぞり、そしてすぐ「しかしそこまでやるか。この先どうすんだよ……」と鬱に沈みこんでしまった。
巻末解説でも「人生派」などと呼ばれているように、視点人物でもあるアントネッリは法廷以外の場ではさほど饒舌ではなく、どちらかといえば内省的なタイプ。サンフランシスコの町を眺めながら幼いころに祖父から聞かされた逸話を思い出すあたりなど、なんとなく村上春樹の小説(といっても最近のはどんなか知らないけど)のような雰囲気も漂う。
が、この作品では一皮むけたというか、どんでん返しと伏線がビシッと効いていてエンタテインメントとしても申し分ない。日本は大統領制じゃないから設定にちょっと難があるけど、もし田宮二郎とか岡田真澄とか岸田森といった面々が生きてたらドラマか映画になったのも観てみたいもんだがなぁと思った。