2008年7月26日

ひげのある男たち

結城昌治『ひげのある男たち』(創元推理文庫)読了。

昭和30年代、市電と地下鉄が並存する東京。殺人事件が起こり警察が捜査にあたるが、とぼけた味わいの登場人物が多くのんびりとした雰囲気である。

なまじ文章が闊達でスラスラ読めるだけに、少しでも不自然な箇所はパッと目につき、犯人はわりと簡単にわかってしまう。だからといって単純な風俗小説というわけではなく、ことに犯人を絞り込んでいく過程はきわめて論理的であり、本格探偵小説の醍醐味を満喫させてくれる。

惜しまれるのは犯人の名が明かされたあとに謎解きがおこなわれるという構成になっている点であり、これはできれば消去法の果てに初めて犯人の名が指し示されるという形であってほしかった。もっとも、すべての本格ミステリがクイーンの『フランス白粉の謎』のようであるというわけにもいかないだろうが。

証拠品隠滅のトリックには気がつかなかった。これはなかなかいける。

2008年7月21日

句読点

今ふと気がついた。というか今まで気がつかなかったのだが。

創元推理文庫の表紙をめくると最初のページに横書きで、その本の「あらすじ」とか紹介文が載っている。裏表紙にある文章とほとんど同じなんだけど細かい言い回しは微妙にちがう、ものによっては全然ちがってたりするやつ。

あれがどうも、今のところ2冊ばかりでしか確認していないのでさだかではないのだけれど、読点に「,」つまりカンマを使っているようなのだ。

たしかに理数系の書籍などでは「,」が主流だと思われるが、創元推理文庫のような主に小説を扱うシリーズでは珍しいのではないだろうか。

さらに珍妙なのは、読点に「,」を使うなら句点には「.」つまりピリオドを使うのが普通だろうに、創元の説明文の場合、句点のほうには「。」つまり「まる」が使われているのだ。

ホント変な出版社だな(笑)

風水火那子の冒険

山田正紀『風水火那子の冒険』(光文社文庫)読了。(表紙はノベルス版のほうがイメージに近いような気がするんだけど文庫で)

前半2作「サマータイム」「麺とスープと殺人と」には魅力を感じない。特に後者はギャグ漫画じみたノリが情けないし、それこそラーメンじゃないけどグダグダしてて胃にもたれる。

中篇だから緻密な推理の過程がないのは致し方ないにしても、タイトルに反して風水火那子が「冒険」してるようには全然みえず不満が募る。

が、後半2作でこの評価は一挙に覆る。

「ハブ」では1つの作品の中で全く別の2つの事件が提示され、まるで女囮捜査官シリーズのエッセンスがギュッと濃縮されたかのような読みごたえ。サスペンスとユーモアが見事にブレンドされた状況設定、小説としての構成の心憎いばかりの巧みさ、いずれをとっても文句なし。

最後の「極東メリー」は日本海への領海侵犯という時事ネタに古典的な幽霊船テーマを絡め、一種のファンタジーとしての仕上がりを見せている。ストーリー中に配置されたサブストーリーの組み込み具合もすっきりしていて印象がよい。

千街晶之氏による巻末解説では、以上4作に共通する点として

事件の謎そのものには関係がない筈の捜査関係者(またはそれに準ずる立場の人物)の日常や心情や生い立ちなどが、多かれ少なかれ描き込まれていること

が挙げられている。一瞬「それは『阿弥陀』からすでにそうだったのでは?」、また描かれる心情というのがときとしてショボいもの(特に「麺とスープと」の警部補!)だったりしたので「敢えて指摘するようなことなのか?」と思ったりしたのだが、そこから火那子シリーズの「隠しテーマ」へと掘り下げていく筆致はさすがであり、これくらいの解説がもっと増えてくれればいいのにとつくづく思った。

2008年7月20日

山口雅也アンソロジー・補遺

E・D・ホックは木村二郎のマンネリ気味の訳が退屈で『サム・ホーソーンの事件簿V』も実はいまだに買ってなかったりする。

このアンソロジーに収録された「謎のカード事件」も、木村訳でこそないものの、主人公ランドのもとへ知人の遺児、それもしばらく会わないうちにすっかり美人に成長した娘が訪れ、

「あなたは暗号解読にかけては専門家だって、母が言ってたわ。頼りになるのはあなただけだって母があたしに電話でおしえてくれたのよ。それに、あたしはなにか困ったことがあるといつも年輩の方に相談をもちかけることにしてるの」
 にわかにランドは自分が古代の遺物にでもなったように感じた。

などと書かれているシーンを読むと、なんだってアメリカの作家のギャグはこんなに自意識過剰で湿っぽいんだ、とウンザリしたりした。

また、クリーヴランド・モフェット「謎のカード」への解答としては「まぁ結局そういうことだったワケね」という感じで意外性もなんにもない。

が、独立した作品として見てみると、さすが短篇の名手と言われるだけのことはあり、特に伏線のちりばめ具合には目をみはらされる。宮原龍雄「新納の棺」についての編者の評にもあるが、やはりさりげなさというのは重要だなと痛感した。

山口雅也アンソロジー・その他

冒頭の「道化の町」を除いて収録順に。

坂口安吾「ああ無情」
かなり退屈w
星新一「足あとのなぞ」
星新一で一人称とは意外な気がした。
P・D・ジェイムズ「大叔母さんの蠅取り紙」
70年も前の、しかも無罪判決の出た事件を推理する。タイムリミットが課せられてるとか、もうちょっとのっぴきならなさが欲しかった。
アーサー・ポージス「イギリス寒村の謎」
クイーンのパロディ。真相も馬鹿々々しくて笑えるが、翻訳に一部テキトーな箇所あり。
高信太郎「Zの悲劇」「僧正殺人事件」「グリーン殺人事件」
漫画。「Zの悲劇」のオチは素晴らしい。
山上たつひこ「〆切りだからミステリーでも勉強しよう」
漫画。つまんない。
フランク・R・ストックトン「女か虎か」
有名だけど初読。無駄がなくて文句なしの逸品。
フランク・R・ストックトン「三日月刀の促進士」
「女か虎か」に比べると冗長なのは否めないが、映像で見るならこっちのほうが絢爛でいいかもw
クリーヴランド・モフェット「謎のカード」
読者に投げかけられる謎の切れ味が物足りない。ストックトンとは謎の質がちがうと思う。
エドワード・D・ホック「謎のカード事件」
上記モフェット作品に合理的な解答を与えるべく書かれたもの。ちょっと長くなるので別エントリで。
ハル・エルスン「最後の答」
これも謎の投げかけ方があんまり好きになれない。
乾敦「ファレサイ島の奇跡」
島田荘司ですな。
宮原龍雄「新納の棺」
ちまちました時刻表ものかと油断して打ちのめされる。後説で編者は「一見派手なトリックAに目がいくが、実はトリックBが素晴らしい」という意味のことを書いているが、そうなのかな、ミステリ好きなら誰もがトリックBに感心するんじゃないだろうか。というかトリックAはトリックとも思えない。ともあれこんな作品を採録してくれた編者には感謝。
スティーヴン・バー「最後で最高の密室」
構成が中途半端。
土屋隆夫「密室学入門 最後の密室」
まさかのオチ。素晴らしい。
アイザック・アシモフ「真鍮色の密室」
密室からの脱出方法を探りあてる話。タイムリミットあり。でもそれはさほど重要視されてないのでスリルは乏しい。
J・G・バラード「マイナス 1」
精神病院を一種の密室に見立てた作品。訳がなんとなく読みづらく感じた。

山口雅也の本格ミステリ・アンソロジー

山口雅也編『山口雅也の本格ミステリ・アンソロジー』(角川文庫)読了。

ジェイムズ・パウエル「道化の町」目当てで買ったもの。ハヤカワ文庫のアンソロジーで「神の目」という短篇(目ではなく眼だったかも)を読んで以来の忘れじの作家。

道化師しか住んでいない町。警官もウェイトレスもピザの宅配員もみんなピエロ。単独で聞きこみに歩きまわる警察官を視点人物にしたハードボイルドっぽい作風は「神の目」とはだいぶ印象が異なり、はたして同じ作家なのだろうかと不安になったが、どこか遠いところを垣間見させてくれる読後感はまぎれもなくあのパウエル。

とても不思議な、底知れない作家だ。あとから気がついたのだがこの作品を表題作にした個人短篇集が同時期に出ている。必読。

巻末の出典一覧に「世界最強の仕立屋」という題名が含まれているが、目次にも本文にもなく誰の作品なのかわからない。順番としては「道化の町」の次に収録される予定だったようなので、もしかしたらパウエルの作品なのかもしれない。

2008年7月17日

十三妹

武田泰淳『十三妹』(中公文庫)読了。

のらりくらりとした戯作者ふうの筆運び。意識してのことなのかどうか、同じ忍者ものでも山田風太郎の忍法帖とはかなり印象が異なる。もっともその底に流れているものは両者で大きく隔たってはいないようにも思う。

ただし表紙や挿絵が現代マンガ風で、ヒロイン十三妹の容姿が幼すぎるのはやや興醒め。どうせなら新聞連載時の挿絵というのを入れてくれたほうがよかった。連載が朝日新聞で文庫化が読売系列の中公という組合せでは無理な相談なのだろうか。

片や、終始一貫してニヒルな剣豪といった雰囲気を漂わせている白玉堂だが、面と向かってこそないもののモノローグの中では一度ならず「十三妹ちゃん」呼ばわりしているあたり、ルパン三世のアニメで「峰不二子ちゃんはそれがしのガールフレンド」などとのたまう登場直後の石川五ェ門を思わせるものがあったりしてなかなか楽しい。