第35回日本推理作家協会賞長篇賞受賞作、辻真先『アリスの国の殺人』(双葉文庫)を読了。アニヲタとか二次元コンプレックスといったものを80年代初期という時点ですでに、それも単なる奇異な風俗としてではなく内面の奥深いところから捉えてみせた先見の明に驚かされる。最後はまるでサイコホラーで身の毛もよだつもう最高。そんな味噌カツ風味のコテコテの駄洒落の連発も許せてしまう。
ある登場人物の述懐に「誰も私を見向きもしない。向こうがその気ならこっちも徹底的に透明になってチェシャ猫のようなにたにた笑いだけを残してやる」という意味の言葉が出てくる。本作のテーマを香山二三郎氏は巻末解説で「夢の世界への熱い思いとその裏腹にある逃避願望の相克」と要約しているが、この「逃避願望」が求めるものは、現実からの逃避のようでもあり、それでいて現実との訣別あるいは現実への復讐のための「匿名性」であるようにも思える。
奇しくもつい先日のあなんじゅぱす公演『夏の夜の音』のアフタートークでゲストの奥泉光氏の発言に「青年団の芝居にはたいていニヤニヤ笑ってる登場人物が出てくる。ニヤニヤ笑ってるやつは他人との関係を常に気にかけていて、関係を結びたいんだけど失敗を恐れて内心ビクビクしている。(そこが漱石の小説に似ている)」という意味のものがあった。笑いと他者、あるいは笑いと現実。この関係が奥泉説と辻作品ではちょうど逆になっているように見えるのが面白い。
ところで最後に「かすがいきよこ」とは誰なのだという謎が残るのだが、ひらがなだとGoogleでは何もひっかからないのだった。