これがあの『魔群の通過』や『忍法忠臣蔵』の作者と同一人物なのかと疑ってみたくなるほど、淡々と記される断章の中にも娘や息子それに妻への優しい眼差しが感じられる。
が、昭和34年5月22日(金)付の
啓子が知樹のすることなすことに笑うその笑い声は、特別製の声である。まさにトロケルような笑い声である。
別に病的にわが子だけを可愛がるというタチでもないのにあんな声を出す。もって世の母親を知るべきである。
という一節などは、母親一般というものの不気味さが的確に捉えられていて、かの作家の冷徹さを垣間見せている。