2008年6月27日

セリヌンティウスの舟

セリヌンティウスが誰なのか、というかそれが人名であることすら知らずに読み始め、浮ついたところのない書きっぷりにしばしば感心させられながら先ほど読了。

これはまぎれもなく名作。何よりまずストイックである。

共通の趣味を通じて知り合った男女数名の会話が中心のストーリー。となるとえてしてマニアックな方向に筆が流れていきがちなものだが、スキューバダイビングについての言及は簡にして要をえていて申し分ない。

そして『月の扉』や『水の迷宮』ではどうしても馴染めなかった青くささというか学生っぽさも、この作品ではむしろ欠かすことのできない持ち味であるようにさえ思える。

終盤やや「走れメロス」に事寄せすぎだし、いささか思弁的ではあるものの、一幕ものの対話劇になったものを観てみたい気もする。マンションの一室からの場面転換が一見すると地味だがよくできており、特に p.186 のあたりには感動させられた。

これだけ純度の高い作品というのは、一人の作者が一生のうちにそう何本も書けるものではないと思う。とりあえず『扉は閉ざされたまま』にはしばらく手を出さないでおく予定。(解説がヤだし)